勝鬨橋&もんじゃ焼き

熱心に見学する会員の皆さん

開閉機構を駆動する
   発電・電動機ユニット  

橋脚は溶接ではなく、全て規則正しく打ち込まれたリベット接合

月島では “もんじゃ焼き” に舌鼓

明治中期より発展してきた“もんじゃ焼き”はもともと“文字焼き”(焼くときにタネで文字を書いて遊んだ)と呼ばれていました。月島で作るもんじゃ焼きは、具で土手をつくり、その中に生地の液を流し込む。これが初めてという会員もいましたが、ビールによく合い美味しかった。

2014年11月20日(木)

勝鬨橋をバックに記念写真

お勧めの見学スポットは意外に足元にあるものです。今回は隅田川河口に架かる勝鬨橋、築地と月島を結ぶ交通の要所です。今は跳ね上がることはないが、1940年から30年間、可動していた跳ね橋の往時の高い技術水準を示す橋脚内部を見学して来ました。
勝鬨橋の語源は日露戦争の旅順陥落祝勝記念として「勝鬨の渡し」が設置されことに由来する。1933年に日本人だけの手で設計施工され7年後に完成、1日5回、1回20分程度跳開していた。

全員ヘルメットを着用、先ずはじめに、変電所を改装した資料館で係員からの説明を聞き、いざ揃って橋脚内部へ。機械、電気に関する高度な工夫に感動することが多々ありました。

大宮シニアライオンズクラブ
         小旅行・食べ歩き同好会

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